プロザックという薬の名前を聞いたことがありますか?この薬の名前を知っている人は、
相当のマニアでしょう。なぜなら、この薬は日本では認可されていないので、基本的には
出回ってはいないからです。
しかしながら、この薬は精神医学界に革命を起こしました。今日これほど世界的に精神疾患の患者が増えているのは、一つにはこの薬のおかげ!?なのかもしれません。
プロザックが最初に発売されたのはアメリカで、1988年にイーライリリー社から販売が開始されました。この薬はうつ病の薬であり、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる初めての薬でした。SSRIはそれまでのうつ病の薬であった三環系抗うつ剤や、四環系抗うつ剤に比べて副作用が少なく、安定した作用が得られるとあって、発売後たちまち大ヒット商品となりました。
うつ病とは気分が落ち込む病気とされています。ですから抗うつ剤は、気分を高揚させる薬ということになります。これは覚せい剤やコカインなどの興奮系ドラッグと基本的に同じ作用であり、ゆえにアメリカでは「ハッピードラッグ」と呼ばれ、瞬く間に乱用されるようになりました。
イーライリリー社はプロザックの成功によって巨額の利益を上げることができました。これに習って他の製薬会社も、次々と“ゾロ新薬”を作って市場に投入していきました。イギリスのグラクソ・スミスクライン社からは「パキシル」、アメリカのファイザー製薬からは「ゾロフト(日本ではジェイゾロフト)」、その他ルボックスやデプロメールといったゾロ新薬が次々と発売されました。
ゾロ新薬とは一体何なのでしょうか?それは、既存の薬効がはっきりしている薬の構造をちょっとだけ変更して、臨床試験を経て発売される新薬の事です。大概は元の薬と効果は一緒で、単に商品名と製薬会社が違うだけといった類のものです。例えば覚醒剤にはアンフェタミンとメタンフェタミンがありますが、誘導体のちょっとした違いだけで、効果はどちらも同じです。SSRIにおいても、同様のゾロ新薬が大手製薬会社からどんどん発売されました。
プロザックの発売によって、医者は患者に抗うつ剤を投与しやすくなりました。一旦この薬を投与すると、非常に依存性が高いので(覚醒剤なんだから当たり前)、ずっと投与し続けられます。副作用が少なく安定して投与し続けられることと、そもそも精神疾患ははっきりとした臨床的特徴を示さないため、いくらでも病名を作り上げられることもあって、適応は拡大し、投与される患者は増大し続けました。
当初はうつ病だけが適応症でしたが、間もなく強迫性障害、社会不安障害、パニック障害、月経前不機嫌性障害(PMDD)なんて病名が新たに生み出され、次々と適応が広がっていきました。製薬会社はSSRIを売るために、精神障害の診断と統計マニュアル(現在ではDSM-Ⅴ)に新たな病名を次々と盛り込んでいきました。
日本では本家のプロザックは認可されていませんが、ゾロ新薬は大量に用いられています。今日これだけ大量の精神疾患を生み出した立役者であるプロザックという薬は、我々一般庶民にとっては災いの始まりであり、製薬会社にとっては発展・繁栄の礎となったのです。