疫学研究とは、特定の問題(疾患など)と、特定の要因(食生活や生活習慣など)との関
係を調べるための研究です。代表的な疫学研究に、コホート研究があります。コホート研
究には、特定の要因に関して正反対の性質を持つ集団を比較し、特定の問題に対する影響
をみる後ろ向きコホート研究と、特定の二つ(ないし複数)のグループに、それぞれ特定
の要因を強めたものと弱めたものを与え、その影響を観察する前向きコホート研究があり
ます。
後ろ向きコホート研究には、例えば飽和脂肪と冠動脈性心疾患の発症率を調べるために、飽和脂肪をたくさん摂取するアメリカ人のグループと、飽和脂肪をほとんど摂取しない中国農村部のグループを比較するという「チャイナスタディ」が相当します。また、前向きコホート研究では、健康的でヘルシーな食生活として、肉や脂を控え、野菜と穀物をたくさん食べるように指導して、心疾患、肥満、高血圧、糖尿病などの発症率や死亡率がどう変化したかを調べた「久山町研究」が有名です。
疫学研究では、特定の疾患と、関連性の高そうな要因との「相関関係」については知ることができます。しかし、特定の要因が疾患の原因となっているかという、「因果関係」については知ることができません。このため、疾患に対する要因の影響を詳しく知るためには、「介入研究」が必要になります。
介入研究とは、特定の疾患と要因との因果関係を求めるために適切にデザインされ、行われる研究の事です。例えば、特定の疾患に対する薬剤の影響を調べるために、患者を二つのグループに分け、一つのグループには薬剤を、もう一つのグループにはプラセボ(偽薬)を与え、疾患に対する薬剤の影響を調べるというものがこれに当てはまります。この際、結果に恣意的な隔たりが生じないようにするために、患者はどちらのグループに属するかは知らされず、また薬剤を投与する医者も自分の投与した薬剤が本物か偽薬か分からないようにして行う研究を、二重盲検法と呼びます。
アメリカでは、米国食品医薬品局(FDA)における新薬の承認においては、二つ以上の介入研究で明らかな効果が認められることが必須条件となっています。どれだけたくさんのコホート研究を集めて、システマチックレビューを行っても、介入研究の代わりには決してなりません。
ところが、世の中のいわゆる“常識”とされる見解のほとんどが、疫学研究の知見によって作られているのです。例えば、飽和脂肪が冠動脈性心疾患の原因であるとされたのは、1970年代のアンセル・キースの7か国の疫学研究がきっかけでした。これがマクガバンレポートやその後の栄養学的常識の根拠となるのですが、これは後ろ向きコホート研究に過ぎません。
また、コレステロールが心臓病に関連しているとされたのもまた、1948年から行われた、「フラミンガム研究」がきっかけです。この研究は前向きコホート研究の一つですが、疫学研究のみでは相関関係しか知ることができないにもかかわらず、コレステロールは心臓病を引き起こすという、因果関係の根拠とされてしまいました。
近年、飽和脂肪やコレステロールは心疾患の直接の原因ではないという介入研究の結果が知られるようになり、やっと飽和脂肪やコレステロールの汚名が晴れてきました。しかしまだまだ一度作られた偏見は拭う事が難しい状況です。このように、疫学研究のみで因果関係を説明することは、非常に危険な事なのです。
最近でも、著書を出版したりテレビに出たりするような著名な医師や学者が、「糖質制限は死亡リスクを上昇させる、危険な食事法である」と警鐘を鳴らしています。しかしよくよく話を聞いてみれば、お決まりの疫学研究のみの結果を拡大解釈し、さも因果関係が証明されたかのような結論に誘導しています。賢明な皆さんにおきましては、このような巧妙なトリックに惑わされないよう、十分にご注意いただきたいと願います。