我々歯科医師は、歯学部や歯科大学で6年間歯科医師になるためのトレーニングを受け、
国家試験に合格して歯科医師となっています。そのトレーニングの中で、患者の診方をし
っかりと叩き込まれます。
患者の状態を診査、診断し、適切な治療を行うように訓練されていますから、歯科治療においては専門家である自負を持っています。特に熱心な先生ほど、職人的なこだわりを持って治療に当たっています。僕もどちらかといえば、こだわりの強いほうです。
しかし、治療にこだわりすぎると、患者を人として見なくなる傾向があります。患者を人としてではなく、治療対象として見、治療自体を自分の作品と見るようになります。治療に対するこだわりは、作品に対するこだわりとなっていきます。
これ自体、別に悪い事では無いでしょう。良い治療はその治療を受ける患者にしても、良い結果となるのですから。しかし、患者は人間です。どんなに良い作品を仕上げても、それを使う人が悪ければ、せっかくの作品も台無しになってしまいます。
ですから治療にこだわりのある先生ほど、患者に対し指導を細かく行います。しかしこれは、患者のためではなく、患者の口の中にある自分の作品のためであったりします。このような歯医者は概して患者に傲慢で、自分が治療してやったのだから、言うことを聞いて自分の作品を大事に扱うべし、みたいな態度を取ったりもします。
これでは本末転倒ですね。治療は患者のために行われるべきであって、歯医者の自己満足のために行われるのではありません。ですから僕は、常に患者と接する時には、患者は人間であるということを忘れないように心がけるようにしています。
患者を人として見たときに、この人にとってどうするのが一番良いことなのか、ということを常に考えるようにしています。場合によっては、治療“しない”事が、患者にとって一番良いことであろうと思われるときには、あえて治療を拒否することもあります。
予防歯科もまた、このような考え方から生まれました。患者が口腔疾患で苦しんだり、悩んだりしているのなら、その苦しみや悩みを解決してあげるのが、歯科医師としての使命です。しかし、本当に患者を救いたいのなら、単に症状を取り除くだけでなく、疾患の原因を取り除くべきであると僕は考えます。
甘い物を大量に食べるためにむし歯になった患者には、治療の前に、まず甘い物を止めさせます。止めない患者に治療を行うことはありません。それで患者が他所の歯医者に行くのなら、それはそれで仕方がありません。患者を救えなかったという後悔が残るだけです。
だけど、甘い物を摂り続けていて、それで歯の治療だけ行っても、また別の歯が悪くなるだけだし、他の全身的及び精神的な疾患になるかもしれません。そうならないように、甘い物の危険性を知ってもらい、止めることで健康的な人生を歩んでいただきたいと願うからこそ、安易に治療のみを受けることはウチではしないのです。
多くの治療家にとって、患者を人として診ることほど、簡単なようで難しいことは無いと思います。しかし、人間を扱う仕事だからこそ、僕はこれからも人を診ることにこだわり続けたいと思います。