医療法人社団楡樹会 稲毛エルム歯科クリニック

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日本の肉食忌避


世界的にみて、肉食忌避は農耕民族の宗教観として生まれた理由を書きました。日本にも肉食忌避の考え方は存在しますが、そのルーツを簡単に解説します。

かつて日本では先住民族である縄文人が、狩猟採集生活を送っていました。そこにおよそ2500年前に、朝鮮半島からの渡来人が日本に移住してきました。大陸系渡来人である彼らは鉄器と青銅器を持ち、稲作文化を持つ農耕民族で、独自の文化(弥生文化)を持っていました。

鉄器を持つ弥生人の武力は圧倒的であり、縄文人たちの持つ肥沃で農耕に適した土地は次々と奪われていきました。しかし日本は起伏が多く山が急峻で、農耕に適さない土地が多い国でした。縄文人たちは、山の奥深くに逃げ込んで、自分たちの生活を守り続けました

日本で農耕文化を作った弥生人たちは、邪馬台国という国を作り、今の日本の礎を築きました。一方で先住民族である縄文人を、未開の野蛮人として差別するようになりました。

6世紀に仏教が日本に伝えられると、肉食忌避の思想もまた、仏教とともに広まっていきました。675年には、日本で最初の肉食禁止令が出され、この後も何度も肉食禁止令は出され続けました。

山で生活する木こりや猟師たちは、日本社会の中で、被差別餞民となっていきました。江戸時代には徳川幕府が士農工商の身分制度を確立。被差別餞民はエタと呼ばれるようになり、社会の最下層に位置付けられました。

戦国時代末期から江戸初期にかけて、戦乱の復興と新規建築ラッシュが起こり、日本の山の木々は切り払われ、禿山となっていきました。そこで江戸幕府は一部の寺社や村が持つ山を除いて、日本中の山を幕府の直轄としました。森林には森林奉行がおかれ、薪や緑肥の採集を厳しく取り締まりました。

幕府の森林保護政策によって、森林を守る実働隊として、木こりや猟師が使われました。彼らは山を自由に移動したり、生活拠点として良い代わりに、不法に山に立ち入った農民や町民を取り締まる権利を与えられました。要は、不法侵入者は殺して良いとされたのです。

農民からすれば、政府の犬になって自分たちに手をかけるエタを、より一層差別するようになり、エタとされた木こりや猟師からすれば、自分たちを激しく差別する人たちへの恨みが募っていきました。

江戸幕府が倒れ、明治政府が誕生した時、四民平等とされ、身分差別制度は撤廃されました。しかし、エタと呼ばれた人たちは、準市民とされ、事実上の差別は続きました。そしてこれは、現在でも部落差別問題として、根深く残ったままです。

というわけで、肉食忌避は差別の歴史と繋がります。「肉を食べると血が汚れる」とか、「動物を殺す人間は魂が穢れている」という考え方は、大陸から渡来人が日本にやってきた時以来脈々と続く、差別思想なのです。


投稿日:2018年2月19日  カテゴリー:予防歯科, 院長ブログ

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