乳用家畜を飼育した場合、単に殺してその肉を得る場合に比べ、およそ5倍もの食料資源
利用を行うことが可能になります。ヤギやヒツジから乳を採るようになり、利用可能な食
料資源が5倍になれば、当然生存可能な人間の数も5倍になります。これは他の狩猟採集
民や肉用家畜を飼う牧畜民族に比較して、非常に有利な立場となることは明白でしょう。
ただし、ミルクを採ってもそのまま置いておけば、腐って食用に使えなくなります。また、本来ミルクは赤ちゃんを育てるためのものですから、メスの家畜が出産後、一定期間ミルクを出すだけですので、一年中安定して得られるものではありません。
中東で生活している遊牧民族は、ミルクを採るとまずはそのミルクを煮沸して消毒します。次にミルクを発酵させてヨーグルトにします。ヨーグルトを撹拌することでバターを取出し、バターを加熱処理することによってバターオイル(インドではギー)を作ります。バターオイルは長期間保存可能ですから、家畜がミルクを出さない時期の貴重な保存食となります。
また、ヨーグルトからバターを採った残りのホエー(乳清)から、カゼインをレンネットを使って固めたものがチーズであり、チーズも乾燥させることで保存食にすることができます。さらに残ったホエーは飲用にすることも可能です。このようにミルクを様々に加工し、保存食とすることで、乳用家畜は食料安全保障に優れた貢献をするのです。
さて、この一連のミルク加工に必要な最初の過程が、ミルクの煮沸消毒です。ミルクを煮沸消毒するためには、ミルクを火にかけるための容器が必要になります。ここで現生人類は、土器を使うようになりました。
ここでエンマーコムギについて考えましょう。小麦は動物はそのまま食べることができますが、人間はそのままでは食用にすることができません。小麦は加熱しなければ食用にすることはできないのです。ですからエンマーコムギを栽培化した現生人類が、小麦を家畜のエサではなく人間の食用にするためには、小麦を加熱調理する必要があります。ここでもまた、土器があればこれが可能になります。
しかしながら、現生人類は肉食ですから、たとえ小麦を加熱するための土鍋を手に入れたとしても、それを使ってすぐに小麦を食べるようになったとは考えられません。しかし一方で小麦がヤギやヒツジの良いエサとなったことは容易に想像できます。
というのも、現在の畜産においてもそうですが、ウシやヤギ、ヒツジなどの反芻草食動物に穀物を与えると、その肉には脂肪が蓄積されて丸々と太り、ミルクの出が良くなって乳脂肪分も高くなり、濃厚なミルクが得られます。肥沃三日月地帯に豊富に自生していたエンマーコムギは、乳用家畜の生産性をさらに高めることに貢献したと考えることが、一番無理のない仮説でしょう。
ここまでくれば小麦の栽培化まであと一歩です。でもこの続きは次回で。